人体実験体験記 -Vol.16-
16
最後のモーニング・チェック、バイト代の支払い、及び僕の人体実験モニターのアルバイトの完結に向けるべく、引き続き日記より抜粋し、このレポートの最終章とする。
4月30日(水)
モーニング・チェックに行く。定例どーりの診察、朝食を与えられ薬の服用をし、帰路につくことになるのだが、今回、少し目新しい体験をした。それは帰路につく際のコトなのだが、いつも送迎してくれる中年の黒人男性ドライバーが、僕とペアを組む中年日系人男性を家に送る途中、僕達の他にも乗り合わせで送迎しないといけないので、今日はいつものルートから外れるというのだ。異論なく車のフロント・シートに身を沈める。
車が向かった先は、僕達が二度の監禁実験を体験した、DOWN TOWNの西外れの八、九階建てになる病院だった。何でも、僕達が被験する糖尿病の新薬とはまた別の新薬開発プロジェクトが行われていて、その新薬のモニタリングが僕たちの場合と同様に行われているという。その別プロジェクトのモニター患者を一緒にピックするというのだった。
車内で待ってろというのでおとなしく待っていると、黒人ドライバーはビルの中に入っていった。しばらくして彼は二人の若い白人男性を連れて車に戻ってきた。後部座席に乗り込むその二人の様子が少しおかしい気がした。言葉を少し交わしてみると、言葉のドモリ具合が激しい。何の薬の実験をやってるのかたずねてみた。医学的な用語を英語で言われたので完全には理解できなかったが、雰囲気としては、“鬱病患者をアゲアゲにする”薬、つまり抗鬱剤の類であるらしかった。
何でも、この実験のモニターに選ばれる枠としては、“白人男性で、強度の躁鬱症を抱え、しかも自殺癖がある者”を対象としているらしい。嘘か本当か、真偽の程は知らないが。
そういう話を聴いていると、“糖尿病用の新薬なんて甘っちょろい!”と思わずにはいられなかった。もちろんだが、僕としては躁鬱病患者のアメリカ人と話すのは初めてだったので、色々驚嘆することが多かった。
彼らを送って僕が帰宅すると、もう正午に近い時刻だった。住所がDOWN TOWNの東に位置するとあって、僕はいつも送りが一番最後に回されるのだ。帰宅してから昼食も摂らずに急いで家を出る。昼から、昨日、友人のアツシにもらっていたフリー・パスを使うべく、UNIVERSAL STUDIOへデートに行く予定だったのだ。
デート相手の女の子をピックしてUNIVERSAL CITYへ向かう。彼女は同じ語学学校のクラス・メイトで、黒髪の美しい中国人の女の子だった。中国名は発音が難しいので、JENNIFERと名乗っていた。彼女は日本に五年程留学していたので、日本語もペラペラだった。僕達は大抵、拙い英語を使っていつも会話していたが、疲れると日本語に移行した。
この十年以上、遊園地系テーマ・パークとは無縁の生活を送っていたのだが、それこそテレビで見たことあるようなアトラクションを目の前にすると少し興奮してしまう。この日が平日ということもあって、園内の人影は少なめなようだった。おかげで長蛇の列に並ぶというのもなく、スムーズにアトラクションを楽しめたのが良かった。有名なアトラクションはほぼ全部回れたと思う。お化け屋敷的な「MUMMY」というアトラクションでJENNIFERはあまりに怖がりすぎて、最後には腰を抜かしてへたり込んでいた。天気が良く、いかにも行楽に向いた日和だった。園内の売店でハンバーガーを買って食い、夕方まで遊んで回った。フリー・パスだったので、かかったお金は駐車場代の八ドルとハンバーガー代くらいで済んでしまった。安上がりなデートだ。
さすがに五時間以上歩き回っていたのでスッカリ疲れきっていた。彼女を家に送って帰宅すると、夜も早い時間からすぐに眠り込んでしまった。
5月1日(木)
昼まで学校へ行き、帰宅すると夕方まで昼寝する。お気楽な生活だ。夕方起き出し、友人宅へ向かう。知人がTORRANCEにてトランスのイベントを催すというので行ってみた。早い時間に行ったので、客数が少ない。トランスはどうも専門外なので踊ることはおろか、ビートにものれない。小一時間してNORWALKの方へ移動し、在米エイジアン系のプロモーター集団の手掛けるイベントに顔を出した。こちらも客数は少なかったが、やはりHIP HOPなのでガンガンに楽しめる。人影まばらなDJブースの前で一人ノリまくって踊っていると、メキシカンの女の子がやってきて、一緒に踊ろうと誘われた。鼻血が出そうな程、エロい腰つきで密着されて踊った。参ったね。一時間程してまた移動。SANTA MONICAの方へ行ってみた。行きつけのクラブでは、今夜はサルサ・ナイトだという。エントランス・フィーが無料だったので入って、いつもとは違うゆったりしフロアの雰囲気を楽しんだ。三件のイベントをハシゴしたが、まったく金を使わなかった。貧乏な僕の懐に優しい夜だった。
5月2日(金)
最後のモーニング・チェック日。つまりこの一ヶ月に渡って続いた新薬の人体実験も今日で終了し、晴れてバイト代が手に入るのだ(とはいうものの、半額分は先払いで既に受け取ってはいたのだが)。それにも増して、何かと拘束されるこの被験者の生活から開放されるというのは、いかにも心が晴れやかになった。
この日は最終日なので、定例の診察はあったが、薬の服用はなく、したがって、いつも出されていた朝食もない。あとはバイト代のチェックを受け取るだけで、ごく簡単にコトが済んだ。これでもう、このクリニックに来ることは二度とあるまい!
帰りの車の中、ドライバーから、「病院の看護婦の一人から、貸したCD-Rを返して欲しい、と伝言を頼まれたのだが。。。」と話し掛けられ、ある意味驚いてしまった。たががCD-Rくらい、いくらでもコピーできそうなものを、わざわざ返してくれだなんて!しかし、当然悪いのは僕の方なので、もちろん返さないワケにはいかない。家に到着すると、ドライバーに少し待っててと言って急いで室内に駆け込み、CD-Rの持ち主である黒人の看護婦に謝罪の手紙を簡単に書きなぐった。その手紙と、お詫びに友人からもらったMIX CDを看護婦のCD-Rに加えてドライバーに渡した。看護婦にゴメンねって伝えといて、とドライバーに伝言を託し、車を離れ、自室にまた戻った。
こうして僕の人体実験体験は幕を閉じることになるのだが、ここで少し後日談を。
モニター終了から一ヶ月程経ったある日、電話がかかってきた。何と、病院から話があるという。何だろう?といぶかしんでいると、新しい新薬開発のプロジェクトがあるのだが、もう一度モニターをしてみないか?とのコトだった。何の種類の薬だ?と問うと、新種のインフルエンザに対する予防薬だということだったが、さすがにコレは怖いので辞退しておいた。どう考えても、インフルエンザは怖いでしょ?!ウィルス関連はドン引きしちゃうよ。
兎にも角にも糖尿病用の新薬が僕の体の中に持ち込まれてしまったのだ。果たして、この新薬のいかなる作用が、将来に僕の体内に現れたか否かは依然分からないままだが、まあそれもよかろうと思う。もしかすると薬がメチャクチャ効いていて、僕は元来自身の体内に抱えていた糖尿病の気を撃退してしまっているのかもしれないし、あわよくば、僕はこれから先、二度と糖尿病を患うことはないのかもしれない。はたまた薬の副作用が今も僕の体の組織を犯し続けているかもしれないし、あるいは僕の余命幾ばくとも知れない状況であってもおかしくない(否、やっぱおかしいかな?)。
まあそんなこんなで、こうやって想像膨らませるだけでもファンタジーがあって、しかも、不味いながらも食事付きで、更にお金まで貰えるんだから、なかなかおもしろい体験じゃないかな。
退屈なL.A.の日常生活に飽きたヤカラどもに、人体実験体験お勧めしよう!
完
このレポートを、僕のL.A.での貧乏生活を
惜しみなくサポートしてくださった
ヒロさん、ヒロミさんご夫妻、
アツシ、タミコさん夫妻、
アミさん、
シンさん、
ミノルさん、
プロモーター・クルーの皆、
そして
今もストラグルし続けている在米日系人の皆に捧げたい。
PEACE & ONE LOVE


最近のコメント